「かわいくなければ女子じゃない」と受け身で幼稚な女性像を押しつけてくる社会

2018年8月26日

カワイイ女子よりもカッコイイ大人を目指しませんか?

幼稚さを崇拝するカワイイ女子教

 「かわいくなければ女子じゃない」という幼稚さを崇拝するカルト宗教まがいの強迫観念が、10代から50代にまで広く蔓延している。
 かわいさの典型例を幼児に求めるので、自分の名前を主語にして少し舌足らずに甘えた口調で乏しいボキャブラリーから言葉を発し、欲望のままにわがままに行動することをカワイイ女子と思い込まされている自称万年女子たちがいる。

いつまでも可愛がられたい、愛されたい、守られたい

 本人たちは自分の意思でそういう行動をとっていると思っているのだろうが、それを求める社会や、そういう女性をカワイイと評価する周囲の人びとの目を意識して、そうなるように仕向けられてきたということには気づいていないのだろう。
 成熟して健康な大人は、庇護し支援し貢献する立場に回らなければならない。その能力が十分あるにもかかわらず、いつまでたっても受動的に可愛がられたい、愛されたい、守られたい、援助されたいという態度をとり続けるのは幼稚な考えだ。

モテカワ女子という役割を押しつけてくる人たちの意図

 それと同時に「おとなしくて・弱々しくて・かわいくて、モテたい・守ってもらいたいと強く願っている受け身の女性像」というものから利益を得ようという人たちにいいように操られていることにもそろそろ気づいた方がよい。
 彼らは、多くの女性にモテカワ女子を志向させることで、女性の目をオシャレや美容のような彼らが考える女性ならではの消費に向けさせるとともに、社会における彼女たちの役割を補助的で従順なものに固定化しておこうと考えているのに違いないのだから。

悪魔のささやきに乗らないで

  • そんなんじゃカワイくないよ。
  • それじゃモテないよ。
  • 女の子らしくないよ。
  • 女の子らしくしていなよ。
  • 女子力上げなきゃ。
  • モテカワ女子目指さなきゃ。

 彼らの、悪魔のささやきに耳を傾けている限り、彼らの思う壺だということに気づいてほしい。そろそろ目を覚まそう。

カワイイ女子からカッコイイ大人へ

 受動的な立場で何かを要求し続けるよりも、能動的に何かを与え合う関係に身を置く方がそれぞれの人生も豊かになるし、社会もよくなる。
 カワイイ女子よりもカッコイイ大人を、受け身の脇役より自立した主人公を、自分のためにも社会のためにも、目指してみませんか?