大学生にとって授業は「権利」か「義務」か

2018年8月26日

受益者として向き合うべきものに負担者あるいは被害者として向き合っていないか

 ある物ごとを「義務」としてとらえている場合に、人は次のように思うだろう。

できればやりたくない。
本当はお金でももらわなければ割りに合わない。
なんとかして最小限にできないか。
他人に肩代わりさせたい。
チャンスがあれば逃げ出したい。

 反対に、「権利」としてとらえている場合にはこうなる。

できるだけ行使したい。
お金を払ってでも、手に入れたい。
なんとかして最大限に活用したい。
他人に譲るなんてもったいない。
チャンスがあればゲットしたい。

 高い授業料を払っていることを考えると、大学生にとって授業というものは本来は義務ではなく、権利のはずだ。だが、それを義務としてとらえている学生が多いように思える。
 その結果、受益者として向き合うべき授業に対して、負担者あるいは被害者として向き合うことになってしまい、大事な権利を喜んでドブに捨ててしまうことになっていやしないだろうか。
 後になってから、もったいないお化けが出てきて後悔するような羽目に陥らなければ良いのだが。